« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年9月28日 (日)

セリフの持つ意味

「コードギアス 反逆のルルーシュR2」(2008年、監督:谷口悟朗、制作:サンライズ、放映:MBS他)が終了した。

最終回は比較的きれいにまとまっていたんじゃないかなあ、と思う。こういう登場人物が多く設定が複雑な作品は、最終回がグダグダになるものが結構多い中敢闘賞を贈りたい。

独裁者が倒れても必ずしも世界が良い方向に向かうとはいえないと思うが、過去の苦い体験を教訓にして未来が少しづつでも進歩する、というのはリアル世界でも見られることだ。第一次世界大戦が終わって国際連盟ができ、原爆が使われて核廃絶・抑止の国際的枠組みができたり、等々。

父シャルルは「昨日を望み」、兄シュナイゼルは「今日を望み」、ルルーシュは「明日を望んだ」。何のことかよく分からなかったが、最終回を観て「明日を望む」とは、今よりもよりましな世界を目指すこと、それにむけて努力すること、のようだ。

このように本作はセリフの言い回しが独特。特にC.C.のセリフはすべてに意味がありそうだ。読み解いていくのもこれまた一興。

全体的にテンポよく無駄を極力省いたストーリー展開。ナレーションがなく説明不足との予想される反応を最後まで押し切った。複雑な設定が少々分からなくても、キャラクターの心情を追っていっても十分楽しめる。硬派なテーマにもかかわらずこれだけエンターテインメント性を保てたのには驚きだ。

また、本作はクライマックスシーンの見せ方が非常に上手い。フレイヤ弾頭に無効化弾を撃つシーン、ルルーシュとシュナイゼルの最終対決シーン、ルルーシュ落命のシーン等々。おおげさだったり無理あるんじゃないかといってもやはりお芝居なんですから(笑)。

制作スタッフ・キャストの声優さんにはお疲れ様と言いたい。

| | コメント (0) | トラックバック (5)

2008年9月20日 (土)

BS熱中夜話

たまたまNHK総合を観ていたら「BS熱中夜話」で、70年代と80、90年代ヒーローソング特集をオンエアしていた。

BSで放映していたものを地上波におろしてきたのが、BSが入らない我が家にはラッキー。この「・・・夜話」シリーズには「マンガ夜話」「アニメ夜話」等あり、結構マニアックなテーマが選ばれるらしい。毎回その道(?)にやたら詳しい人がゲストに招かれてあれやこれやトークするという構成。

この回は、作曲家田中公平氏、作家唐沢俊一氏、女優加藤夏希氏(「ガンダムW」や「スレイヤーズ」のファンらしい)などが出演。テーマがテーマだけに、アニメ歌手もゲストに招かれ、70年代ではささきいさお氏、80、90年代では遠藤正明氏。スタジオで生歌を披露していた。両氏ともほれぼれする声で、あらためてアニメ歌手の実力を認識。

ヒーローソングの原点は、「俺が、俺が」の強い自己主張と、ロボットやら戦隊の名を歌詞の中で叫ぶこと。70年代はこれに忠実に作られていたそうだ。

80、90年代になり、悩むヒーローが出てきたり、ヒーローがひとりではなくみんなでいっしょに助け合いながら闘う、といったヒーローの多様化が進む。リズム・メロディも進化、歌詞も互いに励ましあうような優しいものが多くなる、とのこと。

田中公平氏はそもそも子どもの頃からのアニメ特撮ファンで、作曲でヒーローソングのエッセンスを意識的に取り込んでいる。「勇者王ガオガイガー」主題歌は70年代ヒーローソングの流れを組みつつ(「ガ」が歌詞に120回出てくる)、頻繁な転調という新しい要素を取り込んでいる。氏の自慢の部分は、♪ぼくらの勇者王♪の直前の1オクターブほど音程を上っていくところ、「自分は天才じゃあないだろうか」と思ったそうだ(笑)

ヒーローソングが少なくなって来ているのは、ソニーやらエイベックスなどの音楽メーカーがスポンサーや製作委員会に入ってきていることがあげられる(所属アーティストが主題歌を歌うことになる)。それとともに女性ボーカル曲が増えてきていることが大きい。

ヒーローソングが少なくなったのはオールドファンには寂しいのかもしれないが、その分色々な曲が出てきてより多くの人が楽しめるようになったのはよかったんじゃないかな。番組中で、加藤夏希が「残酷な天使のテーゼ」をそらで1コーラス歌うくらいなんですから。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月 1日 (月)

真性オタクって?

「オタク学入門」(新潮文庫版2008年、著:岡田斗司夫)を読んでみた。

岡田氏は「エヴァンゲリオン」を創ったGAINAXを設立、その後評論活動、東大でオタク学講座を主宰、オタク解説の専門家として知られる。最近は激ヤセに成功、著書「いつまでもデブと思うなよ」を発売し、非オタク界でも有名になった。

氏によるとオタクは、①進化した視覚能力を持つ、②高性能のレファレンス能力を持つ、③飽くなき向上心と自己顕示欲を持つ、とのこと。

それぞれに自分をあてはめてみた(笑)。

①「ボトムズ」を観ていた頃、その回の作画監督が誰かエンディングテロップが流れる前に分かったなあ。

②自分はアニメジャンル以外でもコミックは多少、SFはかじっている程度、ゲームと特撮はわからない。ジャンルをクロスオーバーして制作者の暗号を読み取るレファレンス能力はそんなになさそうだな。

③作品のスタッフには注目するし、解説書読むのは好きだし、ゆかりの地を訪れるのは好きだし、その作品に影響を与えたものを調べるのは好きだし(「幼年期の終わり」とか今西錦司「進化論」は読んだ)、同人誌も買うし、作品論を語るのは大好きだ(だからこんなブログを何年も続けている)。でも、クーラーを我慢してまでLDーBOXを買ったりはしない(笑)。社会人をやってると天文学的な経済的、知性的、特に時間的投資はなかなか難しい。本書でいうところのオタク道を究めるたゆまぬ努力と精進が足りなさそう。

単にアニメをよく観ているだけでは、真のオタクではなく、単なるマニアにすぎないそうだ。総合的にみて自分はマニアなのかな。

さて、最近岡田氏は脱オタキング宣言をした。氏の言うオタク道を究める真のオタクがいなくなってしまったことと関係があるらしい。その経緯は同時期に発売された著書「オタクはすでに死んでいる」にあるのだろう。

真のオタクがいなくなったのは、現代では手軽にオタク趣味を入手できるようになったことが大きい。

ビデオが家庭に普及(性能がほんとに良くなった、昔はトラッキング調整に苦労したなあ)、聞き逃したセリフ、あまりにも切り替わりが速くて見逃したシーンはすぐに再生、確認できるようになった。ハードディスク付きDVDレコーダーが出て、ビデオテープの頭出しの準備も不要になった。録画予約にたったこれっきりしかボタンを押す必要がないとわかった時は脱力したものだ。DVDメディアにダビングすれば、ほとんど市販DVDソフトと変わりない画質でオリジナルDVDを作成できる。インターネットでは、番組公式HPで情報をチェックできるし、もっと濃い情報は2ch掲示板にあふれている。ヤフー等ポータルサイトトップページにアニメ情報が載っていたりもする。

昔はビデオデッキなんてそうそう手に入らなかった。アニメ雑誌も数えるほどしかなく(しかも月1回で結構雑誌としては高額だった)、目を皿のようにして番組欄からアニメ関連ラジオ番組を探したものだ。

そんなオタクにとって情報入手困難時代だからこそ、「スターウォーズ」のセリフ、BGM、効果音をすべて暗記して口で再現できるような真性オタクが出てきたんだと思う。

ただ、時代が変わっても真性オタクは細々とながら出てくるし、絶滅はしないと思うけど・・・。その場合、氏の言うライトなオタク、時々オタクがいてくれないとやっぱり困るんじゃないかな。だって真性オタクの話を聞いてくれる人がいないとさびしいでしょ。誰もいない大海原に叫ぶっていうのは(笑)。

今でも「エヴァンゲリオン」が何のことかわからない人や、「デスノート」を実写映画しか知らない人は多い(特に女性には)。非オタクはやっぱり現代でもメジャーだ。「宮崎駿って若い頃は赤旗青年新聞に漫画を連載してたんだよ」「名探偵コナンと魔女宅のキキは同じ声優がやってるんだよ」と話して、「へえ~」と反応してくれる人が必要なんですよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »