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2006年4月 3日 (月)

日本アニメの多様性

名作と評価の高い「灰羽連盟(はいばねれんめい)」(2002年、監督:ところともかず、制作:Radix、放映:フジテレビ他)を観た。

舞台は壁に囲まれたグリという街。中には人間、灰羽と呼ばれる幼児から20歳前くらいの背に灰色の羽の生えた天使が共存している。人間も灰羽も壁の外には行けない。外に何があるか何が起こっているかわからない。トーガと呼ばれる交易商人だけが壁を超えて行き来できる。

灰羽は、突然街のどこかに繭ができ、ある程度成長した姿で繭を割って生まれる。過去の記憶はいっさいなし。何で生まれて来たのか、壁の外から来たのかもわからない。物語はヒロイン・ラッカが生まれるところから始まる。

これだけでも謎が多い作品だ。キャラクターやひとつひとつの台詞、シーンがとても意味ありげ。

映像を茶系で統一、音楽はバイオリンをメインにカノンが流れたりする。「世界のはじまり」という本が街の図書館にあるが、冒頭はまさしく旧約聖書の天地創造。話師というトーガの長は「罪人は罪を犯していることに気づかない」とラッカに語りかける。明らかにキリスト教的世界観をベースにした作品だ。

萩尾望都のコミックス「トーマの心臓」、村上春樹「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を思い出させる。前者は贖罪をテーマとした作品、後者は自己の再生をテーマとした作品だ。

ストーリーは、ラッカの住むオールドホームの灰羽仲間クウの「巣立ち」という、突然の別れが訪れて急展開する。「巣立ち」は、神の祝福を受けることで、話師によれば、壁の向こうでも生きていける力をつけた時に迎える、とのこと。諸々のこだわりがふっきれた心境にたどり着いた時のようだ。

クウとの突然の別れをいつまでも悲しみ、灰羽の存在意義を知りたがるラッカは、自分の羽が徐々に黒く染まり「罪つき」となる。ラッカを常にサポートする先輩灰羽レキが、実は「罪つき」で生まれて来たとわかり、後半は救いをテーマにラッカとレキの関係を中心に描かれる。

地味で静かな作品だが、とても心に響く秀作。宗教ファンタジーとでもいうのか、改めて日本アニメの多様性に感心した。もっと世間で注目されてもいいと思う。クリスチャンには観てもらって感想を聞いてみたい。

謎の種明かしは最後までされなかった。そこがこの作品のエッセンスではないのだろう。

でも、少しくらい種明かししてほしかった。壁を自由に行き来でき、ラッカを西の森に導いたカラスは誰なのか、ラッカが繭の夢の中で落下した時、ラッカを護ろうとして後に白骨化したカラスは誰なのか、壁を触るとなぜ重病になるのか(絶対神を侵すからなんだろうか)、云々・・・。

謎解きが好きなオタクが多いんですよ。世界の謎を知りたい、この欲求があるから人間は禁断の木の実を食べてしまうんですね。

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